スポンサーリンク

自己紹介

どうも、しまちゃんです。

一応気になった読者のために、私の自己紹介記事を作成しておく。

スポンサーリンク

落ちこぼれサラリーマン

沖縄在住の40代。家族は妻と子ども3人。会社では比較的窓際お荷物ポジションに近いダメダメサラリーマンだ。コミュニケーションが取れない、怒りっぽい、感情が表情に出る、おまけに禿げて太ってきた、など、社会生活すらあまりうまく送ることができていないが、こんな私を雇ってくれている会社には非常に感謝している。言われたこと以外はあまりできないが、その分一生懸命働く。無遅刻無欠勤が私の信条だ。

これまでの歩み

大学卒業から就職まで

大学3年の頃にはすでに長男が誕生していた。この都内の大学を卒業後、S川急便でセールスドライバーとなった。ここでは使い物にならず、東京八重洲の雑居ビルの埃っぽく暗い踊り場で配達中につらくて1人メソメソ泣いたのはいい思い出だ。この頃の1日の走行距離(トラックではなく脚でだ!まさに飛脚!)は毎日20km近くにもなった。その後楽な部署(確か「業務ドライバー」と呼ばれてた)に異動させてもらってしばらく勤務した後、退職。この会社には結局3年程いた。

なお現在でもたまにものすごくリアルな夢を見る。夢の中での私はなぜかこの会社に再就職していて、ものすごく焦って仕事をしている。これってトラウマ?

転職、沖縄へ

冷静に考えると、自分が戦える武器はある程度の学歴と英語能力しかないという結論に至った。(私は留学経験があるため英語が話せるし、小説が原文で読めるほどには英語が読める。)これで人生勝負だ。というわけで教職に必要な人間的な資質があるわけでもないのに教育業界に。北海道と沖縄が好きで、どっちがいいか妻に尋ねたら「北海道は寒いからイヤ」というので沖縄にやってきた。

新しい会社では最初先生はやらせてもらえなかったけど、結果的にそれがよかったと思っている。「英語ができる」と「英語が苦手な生徒に英語を教えられる」ことはまったく別ものなのだ。(今は授業を少し持たせてもらっている。)

就職してから数日後に「辞めたいです」と申し出たけど何とか止めてもらい、現在は会社の恩情によりいろいろな細かい仕事をもらいながら何とか席を確保している。特にパソコン関係はすぐ私に回ってくる。会社に一人はいる「あのおじさんどんな仕事してるのかわからない」おじさん。それが私だ。

沖縄は狭い世界だ。もし私が誰か分かっても是非このサイトのことは内緒にしておいてほしい。おじさんからのお願いだ。いや、まじで。

他人ではなく、自分と家族のために生きる

私は社会人になる前、「誰かの役に立つ仕事がしたい」という漠然とした理想があった。自分がすることが誰かの救いになり、喜んでもらえる。バイトはたくさん経験してたから、この「与えることによって得られる喜び」みたいなのには早くから気付いていたつもり。

だけど就職すると、それが実際は「誰かのため」ではなくて「(会社を通して)誰かのため」、そしてそれはあくまで会社の利潤のためだと気付いた。

もういい。もう人生も下り坂折り返しに差し掛かった今、いい加減他人の利益のために奔走することに疲れた(あまり奔走してない)。これからは自分と、自分の妻と家族のために生きたい。社会にも恩返しがしたい。無神経、無感情、無礼ゆえに、お礼も言えずにいる方たち、亡くなっていった方たちに社会を通してお礼が言いたい。大金はいらない。家族が寝られる場所と、食べられる物があればOK。あと少しの趣味もできればなお可。ネコも飼いたい。

特技

舌と唾液でシャボン玉が作れる。英語が話せる。小説が読める程度には英語が読める。